『崖っぷちの老舗バレエ団に密着取材したらヤバかった』
著者:渡邊永人(わたなべ ひさと)
発行年:2024年12月
発行所:株式会社新潮社
250ページ
分類番号:769ワ
この本を選んだきっかけ
予約されてうちの館に回ってきた本。
私は宝塚がそこそこ好きなので必然的にバレエにもそこそこ興味がある。
以前『カンパニー』(著者:伊吹由喜)という小説を原作とした宝塚舞台を(DVDで)観た(テレビドラマ版も観た)。
それを観てバレエ団というのは意外と経営が苦しいらしいということは知っていた。
なので「バレエ団」と「崖っぷち」という言葉の組み合わせにはそれほど違和感は感じなかったが「老舗」という言葉に引っかかった。
「老舗」バレエ団でさえも崖っぷちなのか?老舗バレエ団てどこ?
そう興味がわいたので、予約の末借りてみた。
本の概要
著者はもとTVのディレクターで、現在はYouTube動画を手掛ける制作会社に所属されている。
その著者が老舗の「谷桃子バレエ団」から依頼を受け、バレエ団のYouTube動画を製作・公開し、軌道に乗せるまでを描いたドキュメント。
バレエそのものの話はほとんどなく、どうやってバレエを知らない人に興味を持ってもらうかを考えつつ動画を作り公開していく様子が描かれる。
感想
共感がファンを増やす
途中バレエ団側とYouTubeのコンテンツのことで意見が食い違ってしまう。
バレエと直接関係のない、お金の話や生活苦に焦点を当てて撮るなどのやり方にバレエ団側がストップをかけた。
著者は動画を確認してもらった上で公開の許可をバレエ団からちゃんともらっている。
著者の考えと思いがバレエ団にちゃんと伝わっていなかったために起こったことだったという。
動画制作においては、その人のひととなりを撮ることで、その動画を観てその人に魅力を感じる人が現れ、つながっていくということが起こる。
その結果、ファンが増えていく。
たとえ最初に誤解があったとしても、共感へと変わっていくチャンスがそこにはある。
その流れが著者にはわかるのだが、説明が足りなかった。
人見知りの著者は、ただ信じてついて来てくださいと言うばかりではなく、自分の思いのたけを相手に誠実にぶつけて理解してもらうことがとても大切だと気づいた。
説明不足が誤解を招いてしまったと書かれていたが、まさにそうなのだろうと感じた。
もし私がこのバレエ団の一員として取材を受ける立場だったとして、この本で語られた著者の考えや思いを知らなかったら、不信感が募っただろうなと思う。
著者のことを、商業主義で動画の再生回数ばかりを目指し、自分の利益を優先する人だと捉えてしまったかもしれない。
この時は著者が話をして理解してもらうことができてよかったが、自分の思いや考えは、真摯に説明しないと人にはなかなか伝わらないものなのだなと思った。
私も人見知りなので、そこがひっかかった箇所だ。
芸術と現実のギャップ
前述した『カンパニー』という作品を思い出した。
あの作品で、プロのバレエダンサーでさえアルバイトをしなければ生活できないという現実を知ったが、この本を読んだ時もやはりそうなんだと深く納得させられた。
日本ではバレエは習い事としてはとても人気があり趣味でバレエを習う人はたくさんいるが、職業としてのバレエダンサーは数が少ないという。
毎月決まった給料がもらえるのではなく公演の出演料が収入だという。
チケットノルマもあるらしい(外国ではないらしい)。
一足一万円のバレエのシューズを一か月に一足はきつぶすという(外国では支給されるらしいが日本では自前)。
ロシアやイギリスなどと違い国から手厚く保護されてもいない。
それで才能がある人は海外に出て行ってしまう。
そして、バレエは美しいので憧れるけれど「ザ・芸術」という感じで、理解するには知識が必要だ。
これでは日本にはバレエという文化が根付かないと思う。
私も今まで生きてきて、自分の子供や友達のバレエの発表会を何回か観ただけで、本当のプロが躍る公演を観たことがない。
西洋の文化だし理解するのは難しいのかも。
と言っても日本の文化であるや日本舞踊や歌舞伎だってちゃんと理解しているわけではないのだが。
小説のようにドラマチック
読んでいて感情があふれた箇所が二か所あった。
ひとつは、団員のバレリーナの方がゲネプロの時、最大の見せ場である32回転に失敗し涙を流した場面。
もうひとつは、著者が公演の取材の最後に、団長と二人だけになったときお互いに泣いてしまった場面。
この本は事実に基づいているにもかかわらず、まるで小説のようにドラマチックだ。
ロシアバレエへの思いとコロナ禍の影響
特に印象に残ったのは、ロシアのバレエ団に所属していた団員の方の話だ。
バレエが国によって違いがあるとは想像していなかった。
その団員の方にはロシアのバレエへの真摯な思いがあり、それを考えると、今の戦争によってロシアに逆風が吹く中で、ロシアを愛する人々にも逆風が吹いている状況は残念だ。
また同じようにコロナ禍が多くの人々に深刻な影響を与えたことを今更ながら痛感した。
外国で活躍していた人たちが強制的に帰国を余儀なくされ、その後の進路が大きく変わらざるを得なかった状況は本当に厳しかっただろう。
それでも芸術が国を超えて人々をつなぐことを願わずにはいられない。
取材される勇気と人間の本音
私は取材されるようなことはないが、取材されることの怖さも感じることができた。
私自身が取材を受ける身だったらおそらく強く抵抗したかもしれない。
それを受け入れた団員の方々、そして公開を許可した方々は勇気があると思った。
考えてみれば人は皆自分をできるだけよく見せたいと願うものだと思う。
私も例外ではない。
しかし私が推しているとあるユーチューバーの方も、動画の中で自らの弱い部分を告白し、ときには涙を見せるなどありのままの姿を公開している。
が、失敗したから、あるいは弱い部分があるからといってその人を嫌いにはならない。
むしろ自分と同じように弱い部分があって親近感が湧き、頑張っているのを応援したくなるものだ。
動画配信の知見
著者はもともとテレビのプロデューサーで、面白い動画を作るプロフェッショナルだ。
動画配信の基本的な仕組みやどうすれば再生回数が伸びるかを良く知っている。
そのためこの本は私にとっても勉強になった。
基本的な考え方やノウハウ、動画配信を軌道に乗せるまでの流れをざっくりとではあるが知ることができた。
ただきれいな部分だけを映すのではなく人間にスポットを当ててファンを増やすというやり方や、「知っている人に届ける」のではなく「興味のない人や知らない人に観てもらう」という視点は、非常に難しいと思うが、これなくしては生き残っていけないのだとわかった。
また、人はすぐ飽きるものだといわれており、いっときウケたからと言って同じことを続けていても成長は望めないことも理解できた。
だから面白い配信者の方々はどんどん新しいことに進んでいくのだなあと実感した。
考えただけでも大変な世界だ。
バレエ業界の課題
こうして動画配信としては大成功をおさめ、公演チケットも完売し、関心を持つ人も増え、さあ、やっと黒字になって余裕が出てきたかな?と思っていたら、最後に、それでもお金が潤わないという話だったのは衝撃的だった。
この構造には深い闇があるのかもしれないと感じた。
まとめ
私が観た舞台『カンパニー』のような厳しい状況が今も続くバレエ界。
コロナ禍の影響もあるなか頑張っておられる団員の方々の想いに少しだけ触れることができた本だった。
動画配信の基本の考え方もわかった。
動画配信が成功したにも関わらす、老舗バレエ代団が経済的には潤っていないことに衝撃を受けた。
このままでは日本のバレエは衰退してしまいそうだと思った。
頑張っている才能ある人たちがバレエだけで生活できるようになる国になるといいが、一朝一夕にはいかないだろうと思った。
最後までお読みくださりありがとうございました。
